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鉄道ファン

「鉄子の旅」プロデュースの駅弁のこと

 昨日仙台に向かうはやて号の中で食べた駅弁を紹介します。 最近リッチな雰囲気の駅弁も多くなってきましたが、東京駅の売店でふと目にとまったのが、この「鉄子の旅プロデュース 日本縦断弁当」でした。1000円、ちょっと小ぶりな印象です。
 久々に楽しめた駅弁でした。さわらの昆布〆とか明石焼きが入っていたのは驚きでした。
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  まず、「鉄子の旅」とは・・・。2008110902

 

 


 「日本縦断弁当~あじわい西日本編」の中身はこんな感じでした(↓)。
 素材も内容も西日本各地のこだわりの世界を感じました。

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  そして、この弁当が出来るまでのあれこれが、8コママンガになっていました。そのうち2コマをご紹介します。
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鉄道のこと(最終回) 鉄道・旅・ロマン

 鉄道博物館開館1周年記念企画の一つとして、浅田次郎さんのトークショー(テーマ:旅・鉄道・ロマン)が予定されてることを知って、やはり鉄道の魅力はそういうところにあるんだなあと思いました。 

 2008100401_2 単なる輸送手段としての役割だけでなく、旅ごころを呼び起こすものであるとともに、いろいろな別れや出会いの風景を演出するようです。

  若い頃に見た映画や小説、よく聴いた歌などにもそんなシーンが多かったように思います。

 映画では、ソフィアローレンとマルチェロマストロヤンニ主演の「ひまわり」のラストシーンのインパクトが大きかったですね。
 写真は、当時買ったサウンドトラックのLPです。ミラノ駅での二人の引き裂か2008100402_2れるような別れ。・・・そういう場面を演出できるのは鉄道しかないと思います。

 飛行機では味気ないし、車では絵にならないし切実感が出せない、船では間延びしてしまう。
 自分たちの意思に関わらず、運命が遠ざけていく、そこには鉄道が一番よく似合います。

 歌でも、「汽車を待つ君の横で僕は 時計を気にしてる」(なごり雪)とか、「やがて汽車は出て行き 一人残る私は ちぎれるほど手を振るあなたの目を見ていた」(別れの朝)・・・などいろいろありました。

 小説では、西村京太郎さんの鉄道ミステリーもたくさん出ていますが、自分としては、若い頃に読んだ小説の場面のほうがこころに残っています。2008100403

  いくつか挙げますと、「北の海」(井上靖)で、主人公の洪作少年が、金沢へ向かう列車から初めて琵琶湖を見て、言葉が出てこず、「ああ志賀の海」とつぶやく風景、同じく井上さんの「魔の季節」という小説に描かれた真冬の北海道の沿線の風景、「若い詩人の肖像」(伊藤整)の、小樽の蒸気機関車の見える風景などです。

 
 そう振り返ってみると、鉄道は青春の思いそのものなのかもしれません。

鉄道のこと(9) 鉄道博物館

 20080925
  8回にわたって、若い頃の鉄道との出会いを書いてきました。

  やはり年を重ね家族も出来てくると、鉄道や写真にこだわっても居られなくなり、だんだん趣味は子育て、とか言うようになってきました。鉄道は趣味ではなく、単なる移動手段になってしまっていたようです。

 そうこうするうちに30年近く経過しました。

  昨年10月、大宮に完成した鉄道博物館へ行き、SLやブルートレインやボンネット型の特急電車などを見た時、異様にこころ騒ぐところがあり、やっぱり自分はかなりの鉄道ファンなんだなあと思いました。

 そこで、鉄道に惹かれるのはどういうところからなんだろうと、あらためて鉄道にこだわっていた自分を振り返ってみた次第です。
 
 鉄道博物館の開館1周年企画の一つとして、「鉄道・旅・ロマン」というテーマで浅田次郎さんのトークショーも予定されていると新聞で読み、やっぱり鉄道の魅力はそういうところにもあるんだなと思いました。

 鉄道は単なる輸送手段ではなく、旅ごころやいろいろな出会いや別れの風景がよく似合います。 
 次回そういうことを書いて、鉄道シリーズを締めくくることとします。

鉄道のこと(7) 「録り鉄」

 20080921lp
 就職して間もない頃、職場にはオーディオマニア、カメラ好き、鉄道マニアなどなどいろんな先輩が居て、もともと好奇心の強かった私は、その影響を受けかかりました。
 
 それらにはまりかかった頃、人事異動で全然違う職場に移ったので、いつしか熱が冷めていってのめりこまないままとなりました。

 まず、「録り鉄」。
 録音機を抱えて、鉄道にまつわる音を録音し、立派なオーディオで再生して楽しむという鉄道ファンのことです。

 テープデッキに集音マイクに・・・と必要備品を考えていると、井上靖さんの「海峡」という小説で渡り鳥の鳴き声を録音してまわるというのを思い出し、かなりその気になりかかったりしました。

 実際には、一度先輩についていっただけで、あとはこの写真のレコード・・・SLの走る音や青函連絡船に貨物列車が乗り込む時の音などを録音したものを、勉強と楽しみを兼ねて買った程度に終わりました。「録り鉄」にはならなかったということですね。

 隣の部屋の声が聞こえるような安普請のアパートで、SLの力強いレール音や汽笛を聴くというのも不思議な気分でした。

鉄道のこと(6) 鉄道雑誌

 2008092101
 「乗り鉄」と言ってもそうそう時間もお金もあるわけではないので、やはり鉄道雑誌を読んであれこれ思いをめぐらせることが大半でした。

 学生の頃からよく読んだのが「鉄道ジャーナル」です。他にも何種類かありましたが、実際に鉄道に乗って書かれた記事のリアルさや写真のきれいさが群を抜いているように感じたからです。

 何十冊も大切に持っていたのですが、2008092102 引越しのたびに何冊かずつ処分し、ついに全てなくなってしまいました。 

 この画像は、鉄道ジャーナルの、昭和46年から52年までの特集記事を再編集したリバイバル作品集で、2001年に発行されたものです。

 昔読んだ懐かしい記事がたくさんありました。

鉄道のこと(5) 北海道ひとり旅③

 2008092105_2 札幌から函館へ向かう途中に立ち寄りたいところが2ヶ所ありました。昭和新山と大沼公園です。

 昭和新山は小学校の頃、社会の教科書に出ていて、一度はどんなところなのか見ておきたいという比較的単純な動機で、見た後もなるほどね、という印象でした。

 大沼は、ガイドブックで見た駒ヶ岳の美しい姿にここはぜひ見ておきたいと思ったからです。こんな絵のような山の姿が本当にあるのだろうかと思ってましたが、冬の晴れ渡った空の下の白い秀麗な姿は、言葉もなく見惚れるほどでした。

 簡易保険保養センター(今ではかんぽの宿と言うようですが)の安さと設備のよさに注目し、大沼で一泊。寝台車とそう変らない金額で温泉と二食付でした。

 そして、その日に乗車したSLに引かれた普通列車は、長い北海道の旅でも最初で最後でした。
 蒸気機関車の独特の走りや汽笛の音は、乗った者にしかわからない力強さと優しさを兼ね備えていました。このとき以来35年間、一度もSLに乗ったことがありません。最後のSLでした。

 (今回の写真は、当時のLPのジャケットから拝借しました)

 

鉄道のこと(4) 北海道ひとり旅②

  20080921 札幌と各地(函館、稚内、網走、釧路)の間は、夜行の急行列車が走っており、大体22時頃出て、朝6時頃到着するというダイヤでした。函館を除いて寝台車が連結されており、周遊券を使うので寝台料金1400円だけ払えばよく、旅館素泊まりと比べてそう高くはないかと、稚内→札幌に始まり、何度も寝台車を利用しました。

  ちょうどこの時期に、国鉄(現在のJR、当時は日本国有鉄道でした)の労働組合が「順法闘争」というのを北海道全域で行っており、ホームに差し掛かると異常な徐行運転を繰り返す・・・といったパターンでダイヤは大幅に乱れ、到着が大体3時間くらい遅れました。

  列車をホテル代わりにするマジメ学生にとっては、大変ありがたい話で、9時くらいまでゆっくり寝台で寝ることが出来ました。10時間近く眠れて着けば目的地という、快適な列車ホテルでしたね。
 
  こんな調子で稚内から札幌へ戻って、札幌市内や小樽など周辺をうろうろし、そして次は網走往復寝台車の旅、さらに札幌から釧路・根室往復と、札幌を基点に四方へ足を伸ばしました。

  稚内からの真っ白な樺太、網走の流氷やマイナス10度以下の世界、根室からバスで向かった納沙布岬の荒涼とした風景とそこで出逢った人々などなど、初めての北国での体験が少しだけMAJIME学生を大きくしたような気がします。

  ただその一方で、やはり同じ日本、どこも同じ世界や風景が存在しているし、寒いといっても自分でも充分暮らしていけるなと思ったりもしたものです。

  今回の旅は、あくまで鉄道に乗る旅というつもりだったので、観光地として名の知れているところでも鉄道で行けないところ・・・知床や摩周湖や襟裳岬などは全てパスしました。

  寝台車5連泊の鉄道ひとり旅もそろそろ一区切りかなと思い始め、札幌から少しずつ南下していきました。
      (写真はイメージです。あと1回だけ続きます)

鉄道のこと(3) 北海道ひとり旅①

 冬のさいはての地を見つめてみたいと、大学3年の終わりの頃、北海道ひとり旅に出かけました。1973年2月下旬だったと思います。

2008090402  3年で異常にふんばってまとめて単位を取り終え、学生生活も一区切りついた気分になり、4月から就職活動の始める間のエアポケットのような時期でした。

 北海道周遊券を目いっぱい活用し、お金をかけない旅を・・と考えてはいましたが、当時一般的だったユースホステルは全く考えず、ほとんど列車ホテルにしよう(夜行列車利用)という心積りでした。

 まず、寝台列車で上野から秋田へ。そして青森から青函連絡船で函館へ。4時間半くらいの船旅でした。初めて目にした北海道の山々は、氷山のように真っ白でした。
 函館からは、夜行で札幌へ。急行列車の硬い座席でしたが、若かったせいかそれなりに眠れるものです。

 札幌市内は寒いとは言え、意外に雪は少なく、時計台やレンガ造りの北海道庁、北大のポプラ並木などをガイドブック片手に歩き回りました。
 どこも写真の通りの風景だったので余計に、はるか遠い存在だった札幌へとうとうやってきたぞ、という感慨がありましたね。昼からビールを飲み、稚内行きの急行に乗りました。

 さすがに車中3連泊はきついので、稚内の少し手前にある豊富駅近くの安い旅館に一泊。深い雪道を歩いてたどり着いた旅館は、石油のにおいのする不思議な温泉と普通の食事だけが記憶に残っています。

 翌朝、銀世界の稚内市内の丘の上から真っ白な樺太を眺め、はるばる北の果てまでやってきたなあと、いつもとは違う旅ごころを感じたのを思い出します。  (続く)

鉄道のこと(2) 時刻表との出会い

 2008091401
  旅ごころから始まった鉄道マニアへの傾斜でしたが、時刻表を愛読するようになったのは、中学の頃から何度も読んだ松本清張さんの「点と線」の影響が大きかったと思います。今日この小説を読み返してみて、あらためてそう思いました。

  この推理小説は、「昭和32年の列車、航空機のダイヤによる」とありましたが、新幹線もジャンボ機も無かった時代ながら、結構交通機関は発達していて、東京駅の13番線ホームから15番線ホームを見通せるのはわずか4分間だけということや、飛行機と列車・青函連絡船などを組み合わせたとてもマニアックなトリックは、マジメ少年の時刻表への好奇心をじわじわと育んでいたようです。

  列車から眺める安曇野や相模灘などの美しい風景に、朔太郎の詩を重ねて旅ごころを感じる一方で、テレビも冷蔵庫も無い(もちろんエアコンも洗濯機も電話もありません)一人暮らしのアパートで、時刻表をあちこちめくって、小説とはまた違ったわくわく感を味わっていました。

鉄道のこと(1) 詩と旅ごころ

2008091300  「若い頃は結構な鉄道ファンだったんですよ」と職場で言うと、一様にえーっと驚かれます。

 MAJIME中年にはそんな面影が感じられないのでしょうが、いま風に言えば、それなりに熱心な「乗り鉄」(興味を持ったいろんな列車を調べ、乗車する)であり、
「時刻表鉄」(時刻表を隅から隅まで読んだり、時刻表での仮想旅を研究する)でした。

 この一つ前のブログに書いているように、高校卒業まではほとんど鉄道に縁がなく、比較的時間にゆとりのあった大学時代に鉄道に傾いていきました。
 鉄道のいろんな思い出について何回かに分けて書いていきます。

 最初は理屈ぬきに移動の手段だったのですが、やはり読書を通じて感じた旅のロマンみたいな雰囲気の影響を受けたようです。

 萩原朔太郎の詩の一節が妙にこころに残り、「そうだ旅に出よう、鉄道に乗って・・」と思いました。大学1年の頃です。旅ごころの始まりかもしれません。

 ふらんすへ行きたしと思へども
 ふらんすはあまりに遠し
 せめては新しき背廣をきて
 きままなる旅にいでてみん。
 汽車が山道をゆくとき
 みづいろの窓によりかかりて
 われひとりうれしきことをおもはむ
 五月の朝のしののめ
 うら若草のもえいづる心まかせに。」(旅上)

しののめちかき汽車の窓より外をながむれば
 ところもしらぬ山里に
 さも白く咲きてゐたるをだまきの花」(夜汽車)

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