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    箱根仙石原にあるこの美術館の豪華なコレクションの数々に圧倒されます。特にモネの『睡蓮の池』が好きです。
  • 山崎行太郎の政治=哲学ブログ『毒蛇山荘日記2』
    「文学や哲学を知らずして政治や経済をかたるなかれ」がモットーの哲学者のブログは、視座が堅固で勉強になります。
  • 郷原信郎が斬る | 組織をめぐるあらゆる問題を、「社会の要請に応える」というコンプライアンスの視点から考えます。
    不合理なことが多過ぎる昨今、こういうマジメな弁護士にさらに活躍してほしいと思います。
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    かつて鴨川自然王国のイベントのたびにボランティアにてシェフをなさっていたが、突然イタリアへシェフ修行に旅立ち、現地よりレポート。一昨年夏帰国され、再度日本から団塊世代の定年後の生き方を発信されています。
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    藤本敏夫さんが活躍されていた頃の鴨川自然王国時代からのお付き合い。無理のないナチュラルな生活の実践家であり、私の藍染めの師匠でもある方です。以前のブログ記事を見ていると、東京都下での農的生活の豊かさがリアルに伝わってきます。

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2007年12月

同級生の遺した一冊の本のこと

S123101 昨日、昨年9月に亡くなった大学の友人の奥様から、一冊の本が送られてきました。左の写真 のように、シンプルな装丁で、タイトルは「大東亜戦争―大いなる誤算と誤解」とありました。

 昨年5月に末期胃がんと診断され、その後仕事や周囲との関係も縮小し、治療と執筆に専念していました。
 この遺作のあとがきには、「信念だけが筆を運ばせた。・・・・筆者が愛してやまないこの美しい日本に、筆者の研究の一端が残るとすればこれに勝る喜びはない」とありました。

 クラス仲間の一人が、彼の病状のきわめて深刻なことを聞き出し、クラス一同で送ったお見舞いの花の届いた翌日に、彼は旅立ってしまいました。
  全て本人の意志で準備されたお通夜と告別式は、実に彼らしいものでしたが、その場で流された、5月に録音した家族へのメッセージは、つらく、言いようの無い喪失感を覚える内容でした。

 私のブログのプロフィールのところに書いている、精一杯納得のいく生き方をすることでしかその喪失感を埋めるすべが無い、と思わせたのは、ブログ開始の1年前のこの友人の死でした。

S2007123102  左の写真は、10年前に刊行されたもので、彼の30代前半の頃のモスクワでの様子が生き生きと描かれており、刊行当時から何度も読み返したものでした。

 残された者たちが、彼の分までがんばって生きていかなければいけない・・・そんな思いを新たにした年の瀬でした。

年賀状のこと

 S2008nenga1 今年の年賀状は、郵便局の言うとおり、25日までに何とか書き終えました。最近宛名書きまで印刷した年賀状を多く受け取るようになってきましたが、私は相変わらず、宛名は手書きしています。住所録を作ってないからでもあるのですが、どこか、手を加えないと年賀状らしく無いのでは、という思いもあります。

 百数十枚出している年賀状は、日々顔をあわせている方だけでなく、本当に年賀状だけでコミュニケーションとっている方も少なくありません。
 1年に一回、そういう日頃ご無沙汰している方々と、近況などを語り合ういい機会だと思っています。なので、必ず一言書き添えることにしています。
 さらっとした内容だけで、宛名も印刷のものをもらったりした時には、ちょっとさびしい感じもしますね、それは贅沢なことなのかもしれませんが・・・。

  2008年版の年賀状を、一足早くここで紹介します。
 昨年旅行した時の写真を並べました。冬の西伊豆からの富士山、十和田市官庁街の満開宣言当日の桜、富士見高原ゆりの里、そして嵐山天龍寺の紅葉です。

「宇和島名誉市民 大宮庫吉小伝」のこと

 20071222ohmiya 宇和島市立歴史資料館が発行した「大宮庫吉小伝」という140ページほどの本を、送ってもらいました。大宮庫吉さんとは、京都の宝酒造の会長をされていた、宇和島出身の方です。昭和33年に建てられた宇和島市公会堂の建設費用の半分以上を寄付し、その後もさまざまな援助を行い、宇和島名誉市民の称号を贈られたとのこと。

 私は高校卒業まで宇和島市で育ったのですが、市の中心にある公会堂を「大宮ホール」と呼びながら、その所以を全く知りませんでした。
  宇和島藩主伊達宗城の明治維新前後の活躍も、大村益次郎と宇和島とのかかわりも、さまざまな文学と宇和島との接点もほとんど意識することなく育ってきたことに、この年になって唖然としていたものですから、こういう歴史を振り返る本が、市の職員の地道な研究の中で編まれたことをとても貴重なことと思いました。

 市民に課せられているのは、大宮氏の業績を賞賛したりするだけでなく、第二、第三の大宮庫吉になるようにそれぞれが努力することでは、という執筆者のあとがきが心に残りました。

ガーデニングのこと

 このブログのプロフィールにも、おすすめ本コーナー「MAJIME書店」の自己紹介でも、趣味20071216ガーデニングと書いておりますように、わりと花好きなほうです。今回初めて少しご紹介します。

  猫の額より狭い庭なので、ガーデニングと言っても、この写真にあるように、玄関前の階段にプランターや鉢に植えたものを飾るのがほとんどです。通りがかりの方からよく声を掛けられるのも励みになります。20071216sikuramen
 
 この季節は、やはりシクラメンや葉牡丹が欠かせません。クリスマス、正月向けという感じですね。 20071216habotan
  

 
ビオラのこのさりげない色合いも好きで、あちこちに飾っています。ほっと20071216biora 和みますね。

「カラマーゾフの兄弟」のこと

20071215_2
 大学ではロシア語学科に居たものですから、ドストエフスキーは一応それなりに読んできましたが、正直なところ、義務的に読んできた感じでした。

 亀山郁夫さんが新たに翻訳されたものがすごく売れていると知り、あの難解なドストエフスキーに再チャレンジすることにしました。実はまだ1巻を終わっただけですが、実に読みやすく、テレビドラマでも見てるような面白さ、さすが何十万部も売れるだけありますね。まさに21世紀のドストエフスキー再発見という感じの日々です。

 以前の翻訳本と何が違うのか、どうしてこんなに読みやすいのか考えてみたいとも思いながら、まずは最後まで読み終えることから始めたいと思っています。

鳴子の米プロジェクトのこと

 鳴子からお米が届きました。 20071207narugo
 「鳴子の米プロジェクト」とは、宮城県の観光地、鳴子の農家の方、地域住民、行政が一緒になって、農業の基本である米作りを支えようというプロジェクトのようで、そこから送られてきたのは、「東北181号」という品種で、冷えても美味しいという自信作です。

 この米作りプロジェクトのことは、7月に有明ビックサイトで行われた東京ブックフェアで知りました。農山漁村文化協会の「現代農業」展示ブースで、活動が紹介され、冷えても美味しいおにぎりの試食もありました。確かにおにぎりの出来もすばらしかったのですが、こういう活動が日本のあちこちで広がって欲しいな、という思いもあり、その場で10キロの予約をしたものです。

 作リ手の顔の見える食べ物、安全安心な食べ物ということ、そして鳴子温泉郷に思いを馳せながら、鳴子米を味わいたいと思います。

立原道造詩集のこと(4)

 学生時代から今日まで30数年ものあいだ、立原道造詩集を折に触れて読み続けてきましたが、インターネットがどんどん普及してくる中で、詩集だけでなく立原道造記念館のホームページに出会い、そこから立原道造の会のことなどの情報を得ることができるようになりました。

20071201kinenkan まず一度訪ねてみないと始まらないと思うに至り、都内文京区にある立原道造記念館へ行ってみました。

 緑に包まれた東大弥生門のすぐ前の、こじんまりした3階建ての建物でした。春夏秋冬ごとに企画展が開かれており、24歳8ヶ月という短い生涯の中で書き綴られた詩の数々や、手紙、建築家としての諸作品が展示されていました。

 記念館にも何回か通ううちに、立原道造の会に入会することにし、
 季節ごとに送られてくる会報などで知った「風信子忌」に初めて参加しました。

 3月31日に行われた池之端鴎外荘での式典には200人ほどで会場はぎっしり埋まっていました。
  関係者ご挨拶の後、詩集の朗読とフルート演奏、大岡信さんの講演と続きました。
 
 参加された方々はお見受けするところ、同世代の方が多いようで、多くの方々の青春の こころの中に、立原道造さんの詩が生20070331uenoき続けているんだなあとの想いを新たにしました。


 会場近くの上野公園や谷中墓地は満開の桜でした。

立原道造詩集のこと(3)

 立原さんは24歳8ヶ月という若さで亡くなられたため、作品の数も限られているのですが、読み手側にはその時その時の思いがあって、また別な詩集を買い求めてきました。

Tachihara_shouwa46 まず初めての出会いは、この角川文庫です。
 昭和46年3月10日改版10版で、今ではかなり黄ばんできていますが、私としてはちょっとキザですが青春の思いの詰まった「おたから」の一冊です。

 この1年ほど後に、カラー版日本の詩集シリーズのものを見つけ、巻頭1020071201kadokawa ページほどの、日本のいろんな風景と詩との組み合わせがぴったり決まる感じで、即購入しました。
 すすきと秋の空と「逝く昼の歌」とか、この右手の写真にある上高地大正池と「夢みたものは・・・」の詩の組み合わせなど、ずいぶんじっと眺めていたものです。

20071201shityousya そしてここ数年、電車で読もうと、ハルキ文庫の詩集を買いましたが、きれいな用紙でていねいに作られているものの、気に入った詩の1つが載っていないため、さらに思潮社 現代詩文庫を購入。
 
  この二冊を読みながら、時に、昭和46年版角川文庫を手にして少し昔の気持ちに戻ったり、カラー版の写真にこころを休めたりしたものです。
  (もう少し続きます)

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