よく見に行くサイト

  • 靖國神社 外苑休憩所から発信中
    昨年10月から昼休みに通っている靖国神社外苑休憩所オーナーのブログです。 正直なところ、こういう大衆的な休憩所をこのようなキャリアの方が請け負っておられるのは意外でもあり、近場のサラリーマンにはありがたいお話です。
  • ポーラ美術館
    箱根仙石原にあるこの美術館の豪華なコレクションの数々に圧倒されます。特にモネの『睡蓮の池』が好きです。
  • 山崎行太郎の政治=哲学ブログ『毒蛇山荘日記2』
    「文学や哲学を知らずして政治や経済をかたるなかれ」がモットーの哲学者のブログは、視座が堅固で勉強になります。
  • 郷原信郎が斬る | 組織をめぐるあらゆる問題を、「社会の要請に応える」というコンプライアンスの視点から考えます。
    不合理なことが多過ぎる昨今、こういうマジメな弁護士にさらに活躍してほしいと思います。
  • 矢来町ぐるり
    新潮社の運営する情報サイトで、多方面の情報が掲載されており、情報収集に役立ちます。
  • 東京新聞(TOKYO Web)
    学生の頃の東京新聞は、週刊誌のような記事の多い安い新聞というイメージでしたが、今は大政翼賛会的な報道に偏らないマジメな新聞というイメージです。ネットでも記事の出し惜しみする大手新聞が増えた中、全文読めてありがたいですね。
  • 日刊:鎌田實 なげださない
    地域医療にずっと関わってこられた鎌田實さんの日々の活動や思いが暖かく綴られています。
  • 千葉市長:熊谷俊人の日記
    わが街の市長。2009年に当選した時はなんと31歳の若さでしたが、意外なまでの安定感を感じます。 3年前に圧倒的な得票率で再選。初当選の時に感じたあの安定感がずっと続いているのはさすがです。
  • MAJIME中年のマジメ書評
    10年以上前にネット書店「セブンアンドワイ」で個人書評コーナー“MAJIME書店”を始め、その後「MAJIME中年のマジメ書評」として本の紹介をしていましたが、いつのまにか何でもありの総合レビューに変えられ、さくら的な投稿が目につくようになってしまいました。顧客無視の変更は大変遺憾です。
  • こだわりの石けん屋
    愛媛宇和島で環境にやさしいリサイクル石鹸を父の代から作り続けてきた同級生が日々綴るブログ。石鹸作りのことや日々の暮らしぶりなどが淡々と語られています。
  • 大山千枚田保存会 - 東京から一番近い棚田
    棚田オーナー制度ほかいろんな取り組みが紹介されています。
  • 片山一行のつれづれ俳句&POEM
    同郷の編集者(兼詩人、俳人)のブログです。東京から郷里近くの松山市近郊に移住され、新たなステージに立っておられます。
  • 城下町宇和島から
    愛媛宇和島について見識を深めるのに最適のサイトです。宇和島の歴史から風俗習慣、今の宇和島の様子など、何でも載っています。
  • イタリアまるかじり
    かつて鴨川自然王国のイベントのたびにボランティアにてシェフをなさっていたが、突然イタリアへシェフ修行に旅立ち、現地よりレポート。一昨年夏帰国され、再度日本から団塊世代の定年後の生き方を発信されています。
  • 和綿(なごみのわた)工房
    藤本敏夫さんが活躍されていた頃の鴨川自然王国時代からのお付き合い。無理のないナチュラルな生活の実践家であり、私の藍染めの師匠でもある方です。以前のブログ記事を見ていると、東京都下での農的生活の豊かさがリアルに伝わってきます。

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2007年11月

滋賀、京都へ(2)

  Rokuouin2 京都に長年住んでいる身内からは、今の時期に東山や嵐山へ行くのは人を見に行くようなものとか、年の紅葉は今ひとつきれいでないと言われましたが、とはいえ、それ以外の選択肢は無く、美しい古都の紅葉を求めて予定通り、彦根から京都駅経由JR嵯峨嵐山駅へ。

 JR嵯峨嵐山駅を降りた人たちの大半が向かうコースから外れて、東側にある鹿王院へ向かいました。あまりの人通りの無さにちょっと不安になっていたときに、地元の方から帰り道ですからと声を掛けていただき、近くまで案内してもらいました。
 鹿王院はひっそりとしたたたずまいながら、紅葉も、建物もお庭も立派で、どうして人影まばらなのか不思議なくらいでした。上の写真は、鹿王院の山門近くの紅葉です。 

20071124tenryuji

20071124tenryuji2_2 その後、おすすめルートに沿って、渡月橋、天龍寺、竹林の道、野宮神社とまわりました。確かに人でいっぱいですが、ベストなシーズンですからまあこんなものだろうと思いました。上の二枚の写真は、天龍寺です。

 むりやり数だけ巡ることはせず、あとは次回にということで、朝のラッシュ並みに混んだ電車で京都駅へ戻ってきました。そして、のぞみで一路東京へ。     こんな2日間でした。

滋賀、京都へ(1)

 滋賀での甥の結婚式に出かけてきました。はるばる滋賀まで行くんだから、とんぼ返りもなかろうと、人、人、人の紅葉の京都へ足をのばしました。2回に分けて披露宴の感想や、京都の紅葉のご報告などを。20071124hikone
 合計4時間近い人前結婚式、披露宴でしたが、ずいぶん新郎新婦の出番が多いものだなあと感心したり、大変だろうなあと思ったりしました。
 式でも新郎新婦のすること多いですね。30年近く前の自分の式と比較するのもどうかとは思いますが、昔は、ぼーっと神主さんの言うとおり、神妙な顔をしていればよかったような気がするのですけども・・・。 

 具体的な内容をお伝えしてないので、お読みの皆さんにはおわかりいただけないかもしれませんが、こういう若いメンバーが自分たちの考えを反映した形の式を進めていくのを目の当たりにして、時代は変わったなあと改めて思いました。     

 いい夫婦の日(11/22)の翌日に式を挙げた若い二人には、ぜひいい夫婦になって欲しいものです。
  (写真は、彦根城です)

立原道造詩集のこと(2)

 立原道造さんの詩は、「青春の憧れと悲哀を音楽性豊かな口語で謳いTachihara3あげ・・・」という評価が一般的なようで、私もその通りだろうと思っています。青春時代の喪失感をひたすら詩にしていた、という印象です。

 ちょっと一般論ですが、そもそも詩や小説は、そういう別れの喪失感を描くことが主なモチーフなのでは、という気がしています。
 近しい人たちとの別れ・・・その近しさには3種類あって、血の近しさ―身内との別れであり、こころの近しさ―恋人との別れであり、こころざしの近しさ―友人や仲間との別れのいずれかなのではという思いです。

 そういった喪失感を味わってしまい、それとどう折り合いをつけ立ち直っていくか・・・そんな場面で詩や小説が読まれるのだろうし、そこに芸術の価値がある・・・少なくとも自分のささやかな経験からはそんなふうな気がしています。
 (まだ続きます)

立原道造詩集のこと(1)

  20071117tachihara立原道造詩集と言うと、MAJIME中年には縁遠い存在のようですが、同世代の人たちと話していると、意外にファンが多いのに驚きます。
 この詩人との出会いは、大体高校生の頃が多いようで、村上龍さんの高校時代を描いた小説「69 sixty nine」には、主人公の友人に影響を与えた芸術家の一人として登場しますし、片山恭一さんの「きみの知らないところで  世界は動く」にも、早熟な高校生ジーコの愛読書らしき存在として描かれています。

 かく言うわたしは、20歳になった時にちょっとした縁でこの詩人の世界に入り込んだという、いくらか遅めの出逢いでした。
 独特のけだるさと甘さが入り混じった、それでいて澄み切った詩にどこか魅かれるものがありましたね。

 「夢は そのさきには もうゆかない
  何もかも忘れ果てようとおもい
   忘れつくしたことさえ 忘れてしまったときには
  夢は 真冬の追憶のうちに凍るであろう」 (のちのおもいに)

 「信じられたものは 美しかった
  だが傷ついた いくつかの
  風景 それらは すでに
    とほくに のこされるばかりだろう」 (黄昏に)

 こういった詩に胸を痛めるのは青春時代だけかと思っていたのですが、なかなかどうして青春のこころは、立原道造詩集やいくつかの小説とともにしっかり存在し続けていたようです。   (続きます)

新宿と六本木へ

 地味な暮らしの私には珍しく、今週は、新宿副都心のホテルと、六本木の東京ミッドタウンへ出かけました。どちらも仕事が終わってからのプライベートなものです。

 新宿は、某衆院議員(リクルートご出身、40代)の政策秘書をしている知人から案内があって、この議員のパーティー(政治資金規制法に沿ったもの)に出向いたものです。菅さんとか長妻さんとか、テレビでよく顔を見るような人が何人も居て、それは不思議な場面でもありました。
 3期目とのことですが、国会質問などの苦労話も聞くうちに、やっぱり情熱をもって勉強し続けないとやっていけないのだなあと感じました。(こういう話題なので、写真は載せません)

071116_192045_m 昨夜は、防衛庁跡地にできた東京ミッドタウンへ。3月のオープンの頃には、何となく機会を逸してしまい、そのうちと思っているう20071116ちに、今に至ってしまいました。
昨日夕方に親戚から美味しいワインを飲みにいこうと誘われ、会社終わってから六本木へ出向きました。

 とにかくきらびやかな場所で、MAJIME中年の私には目がくらみそうな風景ばかりでした。
 ボージョレ解禁の翌日でしたが、やはりそれなりに寝かせたワインのほうがいいですね。ボージョレは、やっぱり若い!という印象でした。

仙台の紅葉

 20071110sendai1仕事で仙台へ行ってきました。定禅寺通りあたりの早朝散歩は、吐く息が白くなる寒さでしたが、さすがそういう気候のせいか、紅葉がきれいでした。東京ではまだまだですね。

 20年ほど前に、5年数ヶ月も仙台で暮らしていたものの、紅葉はあまり記憶に残っていません。仕事や子育てに追われていたからか、移ろい行く自然にこころを向ける年齢でなかったからなのか微妙なところですが・・・。

20071110sendai2 年末調整とか年賀状のことが話題に上りはじめて、今年も終わりに近付いたなあ、と思う今日この頃、本来は肌で感じる寒さや、鮮やかな紅葉などから 季節を感じたいなと思いました。

片山恭一さんの本のこと(3)

Kiminosiranaitokorode 実質的な片山さんのデビュー作である「きみの知らないところで世界は動く」(1995年に新潮社より刊行)のストーリーや舞台は、かなり実際に存在したものであったようですが、片山さんも有名になり、小説とは言え実名登場はまずかろうと、ポプラ社からの復刊にあたり何人かの登場人物の名前を変えたということを、片山さんの同級生のブログで知りました。
(写真の左側が新潮社版、「デジタル・リマスター」を施し、ポプラ社から2003年復刊されたものが、写真の右側です)

 実は、私は主人公より7歳くらい上世代で、隣の高校の出身なのですが、ポプラ社版で読んだ時に、当時教わっていた先生にあまりにそっくりな人物が居て気になっていました。先日ネットで入手した新潮社版を読んで納得しました。なるほどK先生でした・・・。

 
 この作品は、ちょっとユニークな友人ジーコを交えた、しかしどこにも居そうな高校生の日常の付き合いが丁寧に描かれていますが、この小説からいくつかの作品を経て、大ベストヒット「世界の中心で、愛をさけぶ」に至ったという軌跡を考えると、やはり素材としての要素を残していたのかなあと感じます。小説としての深さや巧みさはまだまだ発展途上だったと。 

Kowaretahikari  近著「壊れた光、雲の影」は、従来と違って中年世代が主人公で、青春とは違った世界がいつもの片山さんのきれいな文章で久々の宇和島の海岸風景とともに描かれ、宇和島ことばも初めて登場しています。片山さんらしい物語であり、宇和島に興味のある方にもご一読をおすすめします。

 そう言いながら、まことに恐縮なのですが、個人的には正直なところ、これまでに読んだいくつかの作品よりは共感の度合いがやや淡く、青春物語のほうについ気持ちが向いてしまいがちです。
 その理由も解明すべく、しばらく時間を置きながら繰り返し読んでみようと思っています。

亡くなった同級生のこと

Yurinosato  つい先日、松山市に居る高校時代の同級生ががんで亡くなりました。8月に見舞った時にはまだまだ元気で、37年ぶりの出会いにもかかわらず若かった頃に戻ってあれこれ話し込んでいたのですが・・・。

 普段どおりの暮らしを続けたいということで、手術や抗がん剤治療をしない選択をしたそうで、それは病気と戦っていないと思われがちですが、私はそういう生き方にひそやかに共感するところがありました。
 
  地域医療で名の知れた病院に長く勤務する同級生20071104kikuから聞いた、「がん治療を巡る患者さんの選択は、人間の尊厳に関わる重いものであり、医師と言えども踏み込めないものだ」ということばを思い出し、やはり彼の選択は、自身の人生観を色濃く反映したものだったのだなあと改めて思いました。
 戦う、戦わないということではなく、実はガンとの戦い方の違いだったのでしょう。

 近しい者を失った喪失感は、ささやかながらひたむきに生きていこうとすることで埋めるしかないと、また思い知らされた友人との別れでした。

Uwajimaminami

  右の写真は、中高一貫校に変わった母校です。この5月に37年ぶりに訪れましたが、校門とグランド以外は当然ながらすっかり変わっていました。

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