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2007年7月

En祭りspecial in 鴨川自然王国

 En(縁)祭は、Yaeさん(藤本敏夫さんの次女)が中心となって一昨年から行われていましたが、今回は、藤本敏夫記念館完成記念も兼ね、鴨川自然王国で28日に行われました。ブログでも何回か書いてきた藤本さんゆかりのイベントでもあるので、張り切って出かけました。
 農作業イベントの時なら、車で自然王国まで入れるのですが、さすがこの日は交通規制されており、大山千枚田の駐車場からピストン輸送という初めての経験でした。
 
 いつもの見慣れた会場にはすでに200人くらいの人が集まっており、 Yaeさん司会のもと、藤本敏夫さんゆかりの方々(学生時代の先輩、有機農業仲間、鴨川自然王国の同僚)が、それぞれ昔を懐かしみつつ今を思うという感じのスピーチをされ、Yaeさん、登紀子さんの歌と続きました。Enmatsuri01
 大変な混雑の中、記念館も少しだけ見ましたが、昔の写真や資料だけでなくものすごい量の蔵書に、これは落ち着いてからじっくり見なければ、と思いました。
 夜中まで、いろんなアーティストのライブなどで盛り上がったようですが、私は次の予定もあって早目に引き上げました。
 
 若い人もかなり大勢集まった楽しげな空間に身を置くと、藤本さんのいらっしゃった頃の自然王国からずいぶん変わってきたなあ感じ、昔をすこし知る私には、時代が変わり、季節が変わってしまったという思いもありました。でもこれは藤本さんが目指していた姿であり、登紀子さんが受け継ぎ発展させようとする形なのだろうと思った土曜日の鴨川でした。

 ※断片的に書き連ねた鴨川自然王国の思い出は、いったんこれで終わります。

鴨川自然王国のこと(6) 「出稼ぎに行ってきます」

20070700 鴨川自然王国へ通い始めて2年目の2001年は、少し様子もわかってきて、集ったみんなといろんな会話が弾むようになってきました。
 しかし藤本さんは、体調を崩されている様子で、あまりお姿を見かけなくなってきました。

 夏のイベントの翌朝のことです。
 近くの棚田を散歩していると、小さな車が私の脇に止まり、運転席の窓を手で開け始めました。こんな時間に誰かなと思って目を向けると、藤本さんでした。
 そして「出稼ぎに行ってきますよ」とにっこり笑いながらおっしゃいました。(「でかせぎ」は「か」にアクセントのある、関西風のものでありました)

 これにもまた一瞬、「?」だったのですが、そうか、藤本国王はこれから東京へ仕事に出かけてくるぞというお言葉なんだなと理解し、それはどうもお疲れさまですとか申し上げました。

 出稼ぎというのは、稼いで戻って来てこその言葉だと思うのですが、藤本さんにはこのとき以降ほとんどお会いする事がなくなってしまい、2002年5月の田植えの時にお姿を見かけましたが、もうお声をかけるのもためらわれるような雰囲気だった記憶があります。

 そして、7月末、訃報に接することとなりました。
 
「いい奴ほど早く死ぬ。いつもそう思う」という日経新聞のコラムがこころに残っています。

安曇野ちひろ美術館のこと

Chihiro01_1 長野での森本さんの個展の後、いつかは行きたいなと思いながら行けてなかった安曇野ちひろ美術館に足をのばしました。
 以前からの安曇野のイメージは、アルプスの白い山々の手前に濃い緑の山が連なり、その手前に昔ながらの家並と田畑と道路と川があり、清楚な花があたたかく周りにちりばめられているという感じだったのですが、ちひろ美術館は、まさにそんな空間に広々と存在していました。

 展示室には、代表作や絵本の原画だけでなく、初期の作品、詳しい生い立ちやゆかりの品々も展示されており、よく目にするいわゆる「いわさきちひろの絵」だけでない、「まるごといわさきちひろ」に触れ、感動で胸が痛むような、そんな時間を過ごしました。(ちょっとオーバーかもしれませんが・・・)

 Chihiro02
 初期の作品には、また違った魅力を感じます。1971年初版、2004年43刷の「樋口一葉 たけくらべ」(岩崎ちひろ画)を売店で見つけ、“こんなお宝が残っているとは”と言いながら思わず購入しました。「たけくらべ」の世界にぴったりくるいい絵がいっぱいあります。この小説をよく読み込んでおられたのでしょう。

 ちひろ美術館は、いわさきちひろさんの絵のお好きな方にぜひ何度も訪ねていただきたい、おすすめの場所です。

 

森本さんの個展のこと(2)

Photo_2  森本さんの長野での個展はまだ始まったばかりですが、“また新しい出会いがあったよ”と森本さんから一昨日聞きました。
 その出会いとは、今回の個展がきっかけで、故郷宇和島市の姉妹都市である千曲市で10月に開催される「とがびアートプロジェクト2007」に、作家として参加することになったということでした。
 
 この催しは、千曲市立戸倉上山田中学校を美術館にして、内外のアーティストたちが、中学生の「キッズ学芸員」とともに制作・展示を行うといった趣旨のユニークな教育施策のようで、今年で4年目を迎えています。
 昭和48年に姉妹都市となり、両市はいろいろと交流を重ねてきたようですが、奇しくもその線上に今回のつながりが生まれたことに、彼の画家としての勢いを感じたり、人々の縁の不思議さを感じたりしました。

 以下の「とがびアート・プロジェクト」のブログに、今回の森本さんのことの経緯など含め、詳しく書かれていますので、こちらもご覧下さい。
http://www.voluntary.jp/weblog/myblog/267/1914357

  「とがび」とは、戸倉上山田を略した呼称「とがみ」の「み」を「美」に
   置き換えて「とがび」とされたようです。

(今回の内容は、インターネットの情報をもとに書いていますので、不正確な記述があれば随時修正していきます)

  

森本さんの個展のこと

Srimg0091Srimg0090_1   長野県東御市にある梅野記念絵画館でこの14日から始まった、森本秀樹さんの美術館展覧会「父の見ていた風景―宇和島― 森本秀樹展」に行ってきました。

 「歴史の音がする。風が吹いている。いい美術館だ」(水上勉氏)との言葉が、梅野記念絵画館のホームページの冒頭に出ていますが、本当にそういう印象の美術館でした。

 一人の画家の121点もの作品を一度に見られるということだけでもすごいことですが、故郷宇和島のさまざまな風景が、森本さんの深い思いと、優しく暖かな観察力と、確かな技のもとで描ききられていると感じ、それぞれの作品に見入っていました。

 森本さんに好意を抱くさまざまな方々に支えられて、こういう感動的な個展が始まったことは、昭和40年代の宇和島という、同じ時代と地域とを共有した同級生として、とても嬉しいことでありまSrimg0088した。

作家さだまさしさんのこと

 自伝的長編小説「精霊流し」のときも、最近文庫化されて読んだ「眉山」もそうなのですが、さだまさしさんの小説には、悪人が出てこないですね。いい人たちだけで、そう明るくは無いドラマを描ききっている、そんな思いがあります。
 私生活では、多額の借金を抱え込むなど、けっこういろんな悪党にも出会っておられると思うのですが、小説には敢えてそういう連中は登場させないというこだわりや、澄んだ視線をお持ちなのでしょう。

 さらに、広島の原爆忌の日に、故郷でのコンサート「夏・長崎から」をずっと続けてきたことも、かなりがんこに自分をつらぬき通す強さと、独特の美学を感じます。声高に「原爆は・・・」などとは叫ばないけども、さりげなく自分らしさを貫き、メッセージを発信していくことで、理不尽なものを拒む緩やかな共感、ささやかなしあわせの光景への共感が広がっていくのだろうと思います。

 6ヶ月違いの同世代人の多彩な活躍と、こだわりの自己主張に、ひそやかにエールを送る日々です。S26
 
(※写真は、イメージです。こういうさわやかな印象ですね)

陽水とさだまさしのこと

 陽水のコンサートへ行った頃に、会社の若手女性に井上陽水ってどんなイメージ?と聞いたところ、「都会では自殺する若者が増えている、とか何か変な歌詞の人って言うイメージですね。歌は好きですけど・・」
 こんな反応に、確かにとまどうペリカン、水辺のリバーサイド、長いネコとか、言われるとそうだなと思ったりもしました。
 
 その点、歌詞ということでは、実に文学的だなあと感心するのは、さだまさしですね。国学院だからなのか、もともとの細やかな性格のためなのかよくわかりませんが、日本語が実にきれいだなあと感心します。
 一度だけディナーショーに行ったことがありますが、まあよくしゃべるし、意外なまでに歌が力強いのに感心したことを思い出します。お彼岸だ、お盆だ、墓参りだとクライ歌が多いと、ご自身でもジョークっぽく言ってましたけども、確かにカラオケでは、ちょっと場を考えないとつらいかもしれないとは思います。
 それに、あの高いキーは、なかなかきついものがありますね。一度だけ精霊流しを歌ったら、やっぱり息切れしました。どちらかと言うと、じっと聞いたり、あとはぼそぼそと口ずさんだりするほうがいいのかとも思います。

 前回の井上陽水同様、きわめて個人的な勝手なジャンル分けをしてみました。
①カラオケでうまく歌えればいいなあと思う歌(秋桜、無縁坂、長崎小夜曲)
②場所を選ぶけども、じっくり歌えたらと思う歌(フレディもしくは三教街、まほろば、防人の詩、精霊流し)S23
③ぼそぼそと口ずさみたい歌(僕にまかせてください、縁切寺、北の国から、朝刊、追伸)

井上陽水コンサート

 昨年の今日、初めて井上陽水コンサートへ行きました。その日は、ちょうどテポドンが発射された日で、オープニングの挨拶、「皆さま、本日はお足元の悪いなか、またミサイルが飛びかう中、当コンサートへお越しいただき・・・」というあのひょうきんな語りに会場は沸きましたね。
 どちらかと言うと、話すのはあまり得意でない感じで、陽水( ※私としては敬称略は好きではないのですが、基本的に芸能人については敬称略します )は、歌いまくってくれました。さだまさしとか南こうせつとかは、本業どっちなのと思うほど、話が長くなるのでどうも損したような気分なのですが、さすが陽水、いっぱい聞けましたね。

 30何年か前、氷の世界のLP(若い人、LPって何のことかわかりますか?)を買って以来、何枚ものLP、そしてCD。MAJIMEに聞き続け、そして最近では、MAJIMEにカラオケで歌っています。歌うのはせいぜい数曲ですが、声が出なくなってもいいから20曲くらい続けて歌ってみたいなと、ふと思うことがあります。
 
  何曲かずつ、ジャンルわけしてみました。全く個人的嗜好で、論理性はありません。
①ちょっと難しいが、歌うと決まるし、満足感がある歌3曲(ジェラシー、とまどうペリカン、いっそセレナーデ)
②さわやかに歌い共感を得やすい3曲(少年時代、リバーサイドホテル、夢の中へ)
③永遠の井上陽水という感じの3曲(心もよう、いつのまにか少女は、傘がない)
④他の人が歌った名曲(飾りじゃないのよ涙は、白い一日、ワインレッドの心)
⑤メジャーでないかもしれないが口ずさみたい5曲(闇夜の国から、能古島の片想い、五月の別れ、冷たい部屋の世界地図、二色の独楽)

それにしても、歌い過ぎると声がかすれてしまいますが、ご本人はどうして平気なS21んでしょう。     
※画像は何となく感じる歌のイメージ写真です。20代の頃、車で仮眠して撮った夜明けの湖です。

ペンギン

S22 スイカペンギンもかわいいのですが、ほんもののペンギンのあのよたよたとした動きもなかなかいいですね。メタボな感じがなんとも言えません。
昨年夏に、旭山動物園へ行き、わりとゆっくり、ペンギンを見てきました。冬にパレードするほうがもっといいのでしょうが、真夏のペンギンも相応にがんばっておりました。今日はそのときの画像をお伝えします。

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S20_2

スイカペンギンのこと

S017 この写真や、わたくしのブログのプロフィルのところに載っているペンギンをご覧になって、あーこれこれ、とわかる方は、おそらく東日本エリアにお住まいの方でしょう。

 そうなんです、これはJR東日本の電子マネー「スイカ」のキャラクター、スイカペンギンなのです。松任谷由美さんの歌声にのせて、ペンギンがコンビニでソーセージを買うCMなどなど、かなりの人気者ですね。

 これまで書いてきました鴨川農業だ抽象画だとかの世界とは全く違う内容なので、MAJIME中年の頭の中は一体どうなってるんだとお思いかもしれませんが、どこか魅力ある憎めないキャラクターです。駅のコンビニなどでグッズを売っているのを見ると、つい買ってしまいますね。S25

 首都圏では、私鉄やバスも含めてほとんどのところがスイカ1枚(または私鉄発行のパスモ)で出入りできるので、一昔前からは想像できなかったような便利さです。時代は変わったなあと思い知らされるカードです。

  関東地方に住んでいると、スイカペンギンは全国レベルの人気者と思ってしまいますが、まだそこまでメジャーな存在ではないでしょうか。東京のお土産としてぜひ全国へ旅して欲しいものです。

森本秀樹展「父と見ていた風景」

 長野県東御市にある梅野記念絵画館での7月からの個展の準備に、森本さんは年明けから、ずいぶんエネルギーを傾けていました。

 個展の期間は7月14日から9月17日で、100点ほどの作品がいっきに展示されるようです。パンフレットは、読めるようにするとデータが重くなるので、以下のサイトのほうでご覧下さい。
http://members.at.infoseek.co.jp/duoexpress/top/html/morimotokoten.htm


 大変絵画にお詳しい梅野館長のご挨拶文によりますと、

 “森本さんにとって、父親と過ごした宇和島の風土こそが心の原点であったに違いありません。
 今回は、宇和島という思い出のつまった土地の風景を、素朴な構成、渋い色彩と筆致で表現された作品を中心に、「父と見ていた風景」と題して約100点を一堂に会し展示いたします
  
 
 とのことです。

 東御市は、都心からも宇和島からもかなり距離がありますが、ぜひ一人でも多くの方々に、信州の観光を兼ねて出向いていただき、宇和島の原風景やその中に潜む底力を感じ取っていただければと思います。

絵と講演のこと

 前回書いた「夜明けの港」の絵のおかげで(この作品はとても高くて買えませんでしたが・・・)、森本さんの絵に一歩近付き、素人コレクターの一員になっていったようです。

 昨年10月に宇和島市の主催で開催された、「森本秀樹展-記憶のUWAJIMA」という森本さんの個展へ、同級生としてのメッセージを書くよう依頼され、僭越ながら「同級生雑感~たどり着く風景~」を書き、パネルになって紹介されたようでした。

 そのつたない文章をご覧になった市の生涯学習センターのご担当の方から、“宇和島市民大学の講演で、遠くから見た宇和島のよさを語らないか” というお誘いをいただき、この5月20日に、120人ほどの方の前で、37年ぶりに訪れた故郷S27 で、一サラリーマンのささやかな体験からの宇和島への想いを語らせていただきました。

 お話しした内容については、お聞きいただいた方のブログなどで印象に残った部分を紹介いただいているようですが、これからささやか日記でも少しずつ分けて語っていきたいと思っています。

 ともかくこういう機会をいただく中で、自分のこれまでの生き様を振り返ることができたのは、大変ありがたいことでした。単に振り返ると言うことだけでなく、故郷の原風景や友人、ゆかりの方々との出会いもあって、55歳のこの一年は自分の転換点となるのではないかと 思っています。

画家森本さんとの出会いのこと

P013 1年半くらい前からですが、絵の個展に月一回くらいのペースで通うようになりました。
 そのきっかけは、高校時代の同級生の画家森本秀樹さんとの出会いであり、画集をネットで見つけ、“あの頃から美術部でがんばってたけどついにここまで来たんだ”と思い、「宇和島 森本秀樹画集」を購入したことに始まります。

 絵そのものも懐かしい故郷の風景がいっぱいでしたが、同じ高校に通いよく顔も合わせていながら、画集の後書きに書かれていた高校時代のことや家族のことなどを、実はぜんぜん知らなかったというのがどうにも気になって、35年ぶりにいろいろ話をしてみたいなと思ったのです。

 積もるむかし話と、絵仲間の個展と、飲み会・カラオケの3点セットでの同級生的付き合いが始まったのでした。

 日本橋高島屋近くのビルの地下にあった画廊のオーナーから、“ 半具象画や抽象画はわからないと投げる人が多いけども、あきらめずにじっと見つめていれば、きっと理解できる時がくるから ”と言われ、すぐにはそうならなかったのですが、やはりそういう時は突然に訪れるものですね。
Photo
 新宿の小田急デパートで行われた彼の個展で、入り口に飾ってあった「夜明けの港」という大きな作品(※右の写真)を見たとき、どこかで出会っているこの風景そのものや、なんとも言えない色合いなどに言い知れぬ感動があって、何度もこの絵の前に立って見つめていたのを思い出します。 (続く)
 

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