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2007年6月

鴨川自然王国のこと(5) 「こわいオヤジだった…」

 加藤登紀子さんがご自身のホームページに少しずつ書いておられた自分史の中で、初めて藤本さんと逢った長い一日のことはとても印象的でした。さくっとご紹介しますと、

  ・・・・・意外にこぎれいな身なり、集会で歌ってと言う藤本さんの要望はきっぱり拒否、まあ徹底的に飲みましょうと二人で痛飲、お茶漬けが食べたいと藤本さんから言われ、明け方に自宅でお茶漬けを食べさせた・・・・・
  
   鴨川での農作業終了後の宴会で、ちょうど近くに藤本さんがいらっしゃったので、これはいい機会と、登紀子さんとの出逢いについての拙い感想を伝えたところ、ちょっと厳しげな表情を作って、「なに、そんなことまで書いているのか、彼女は!

  しかしすぐに目だけが笑う柔らかな表情に戻り、「それにしてもこわいオヤジだった・・」。
 一瞬意味が読めず、怪訝そうな顔をした私に、再び「こわいオヤジだった」とのこと。

 2007_2登紀子さんのお書きになったこのメモリアルな日の顛末に、お父さんのことは一言も書かれてなかったので、「こわいオヤジだった・・・???」ではありましたが、あーそうだったんですか、と申し上げてこの話題は終わりました。

 
 数年後、登紀子さんの著作「青い月のバラード」を読んで、このときの会話の謎が解けました。
 「(お茶漬けを明け方に食べさせていたときに)途中で起きてきた父に“今何時だと思ってるんだ”と、怒鳴られる羽目にもなってしまった
と書かれていました。

 「こわいオヤジだった」・・・・納得です。
 
 あのときの藤本さんの言葉と表情がとても記憶に残っています。
    

鴨川自然王国のこと(4) 現実的な判断そして居酒屋でのアジ演説

 Srimg012
 2000年4月の花見イベントの少し後に、新たに始まった棚田トラストの説明会が銀座で行われました。(写真は私の会員証です。発行ナンバー001に注目ください。1番です!)

 スーツにネクタイ姿の藤本さんはびしっと決まっていましたが、わたくし的には、首にタオルを巻いた農的スタイルのほうが好きでしたね。

 米作りに農薬を使わないのかどうかの議論になった時の藤本さんの結論は、意外に穏便なものでした。

  ・・・収穫量との兼ね合いでそれは悩ましい問題であり、半分のたんぼは、何が何でも無農薬を貫いて研究を重ね、残りの半分は必要最小限で使用し収穫量を確保してバランスをとる・・・
  こんなトーンででした。

 有機無農薬断固貫徹!!かと思ったらずいぶん現実的なんだなあと感心したものでした。

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 その説明会終了後の懇親会で、またまた別な藤本さんの素顔にお目にかかることができました。

 近くの居酒屋に場を移して開かれた懇親会(確か会費は3000円でした)は、大変な盛り上がりで、当然のように大幅な予算オーバーとなったようでした。
 
 ここでもまた藤本さんのリーダーシップが十二分に発揮されました。

 「諸君、大幅に資金が不足している。・・ついては諸君からの絶大なるカンパを求める。・・・有志出でよ!
 と、はるか昔もこうだったのだろうと思うような、それは鮮やかなアジ演説で、瞬く間に小資本家的な方々から大口カンパを引き出したのでありました。
(続く)

鴨川自然王国のこと(3) 食堂の清掃を共に

Sp012 こんなに楽しく、ゆっくりお酒が飲めて、自然に接することができて、いろんな方々とお話しができるのだから毎月行かねばと、4月花見、5月田植え、6月田んぼの草取りと、皆勤賞でした。

 土曜日の昼過ぎに集合し、午後いっぱい農作業、その後真夜中までの宴会、日曜日午前中作業し、カレーを食べて解散というのが標準パターンでした。

 確か2000年の6月のイベントだったと思います。
 途中の高速道路がすいていて、10時過ぎに到着しました。集合場所である山小屋の食堂へ行くと、誰か一人で黙々と掃除をしておられ、よく見るとなんと藤本さんでした。

 「きょうはちょっと早く着いてしまいまして・・・」と挨拶したところ、「王国に早すぎるという言葉はありません」とのこと。要はすぐ手伝いなさい!ということだなと理解し、ご一緒に台所兼食堂の掃除に励みました。

 その途中、「お仕事のほうはどうですか」と聞かれ、勤務先の主力商品の右肩下がりが続いており、「なかなか一番を持続することは大変です」と回答したところ、
 「そうですか。それはそうでしょう。それはそういうものなんです」と断定的におっしゃられたのが印象的でした。

 せっかく二人でお話できる場面でしたから、かねてからの疑問である、「所有欲が人間の根源的欲求であることからすると、生産手段の社会的所有という論理は、はたして農業に関しても成り立ちうるのだろうか」と、農を考え尽くしている藤本さんに厚かましく尋ねてみたかったなあと、お亡くなりになった後に何度も残念に思ったものでした 。(続く)

鴨川自然王国のこと(2) 藤本さんの気配り

 「無理に無理を重ね、それを革命的に突破して・・・」という戦闘的イメージSp012_1を、藤本さんの若かりし頃の華麗な経歴から勝手に作っていたので、「・・無理のない形で・・」という意外な(しかし実に適切な)言葉に感じ入ったことは、前回のブログで触れました。

 ではそのような合理的思考にすべて切り替えておられたのかと思っていたら、夕暮れから始まった宴会で、今度は逆の意外性にお目にかかりました。

 藤本国王(自然王国なのですから、トップは国王なのです)のご挨拶が、「全都全国から結集された諸君・・・・」とまるで、昭和40年代の学生集会のような、そんな言葉で始まりました。
 こういう世界と別れたけども、その香りは持ち続けておられるところに、少なからず驚いたものです。

 そして、次は、国王=元首というイメージなのか、皇室的語り口。一人何役でしょうね。
国王は楽しげに話を締めくくり、その後は参加した方とにこやかにいろんなお話しをされていました。

 今にして思えば、こういう機会に厚かましく話をすればよかったのですが、国王と語るのは3年早い!という自己抑制意識がわたくしMAJIMEにはありまして、ひたすら聞くほうに(そして飲むほうに)徹していました。

 藤本さんは大変な気配りの方でもあり、慣れない私がトレーナーで寒そうにしていたら、厚手のジャンパーを貸していただきました。

 ライトと焚き火以外は真っ暗な中で、いつ終わるんだろうと気になるくらい延々と続く自己紹介と、大量のお酒に囲まれた宴会は、未体験ゾーンであるものの、これは自分に結構合ってるなあと思 ったのでした。(続く)

 ※上の写真は、鴨川自然王国の少し手前にある大山千枚田です。
  全国棚田百選に選ばれている、東京に一番近い棚田です。

鴨川自然王国のこと(1) 「無理のない形で」という言葉

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   南房総の山中にある、多目的農場「鴨川自然王国」へ初めて足を踏み入れたのは2000年の3月でした。早いもので、7年ちょっと経ちましたが、その間に、自然王国自体も、そこへ集う人々も、そしてわたくし自身も、ずいぶん変わってきた面があるように感じます。

  短い間でしたが藤本さんのジョークと確信に満ちた、そして楽しげなお話を聞くことができ、断片的ですが直接会話する機会があったことを、とても貴重な体験だったのだと、あらためて思います。

 そこで、今回から何回かに分けて、その頃の思い出などを書いてみたいと思います。王国事務所も改装され、藤本さんの著書や資料などが整理されて展示されると伺いました。大変嬉しく思います。
 拙文は、そういうオフィシャルなものとは違い、すれ違ったわたくしのささやかな思い出の風景ということでさらっとお読み下さい。

***********************

 初めて参加したのは、自然王国の新たな活動である「棚田トラスト」の第一回目イベントでした。
 事務局長の田中さんに何度も道を教わりながら、やっと自然王国にたどり着きました。
 当日の作業は、ジャガイモ畑に乾燥させた牛糞をまき、その後、半分P010に切った種イモを植えていくというものでした。

 「ジャーナル8」というCSテレビの番組の取材撮影が行われていました。わたしもちらっと写っていましたが、ビデオで見てみると、やっぱり素人が混じっているという感じで浮いてましたね。

 藤本さんがインタビューで語っておられた中で印象的だったのは、

 「都会に住む人たちは、都会と田舎を行ったり来たりしながら、それぞれの条件に応じて無理のない形で、農的な生活というものに入っていけばいい
 ということばでした。

 藤本さんの口から発せられた「無理のない形で」という言葉は、実に新鮮に響き、私のキーワードのひとつになりました。  (続く)

電器店でのこと

 また晴れ上がった土曜日、掃除機を買いに某大型電器店へ出かけました。
 若手の誠実そうな従業員が近くにいて、あれこれ説明をしてくれ、いろんな質問にもきちんと答えてもらったので、その青年のイチ推し商品に決めました。

 30分近く話をしていると何となく親しくなり、商品をレジまで運んでもらう途中に、「自分はメーカーから実習で来てまして、慣れなくてすみません」との一言。元人事部長のわたしは、俄然職業意識がよみがえり、新卒入社者の販売店実習ですか?などと尋ねたりしました。
 その彼は工学部を出て、商品開発がしたくてこのメーカーに入社し、1ヶ月間このお店でお世話になってます、とのこと。

 「あーそれはいいことですね。やはり消費者あってのメーカーですから、現場で自分なりに感じたことを生かしてくださいな。それにしても実習先がこの会社(Y田デンキ)でよかった、いい店ですからね。」と、自分の子供のような年代の青年へエールを送っておりました。

 ほんのささやかな出会いですが、一期一会。少しでもコミュニケーションをとりたくなるのは、年をとった証拠でしょうか。
  Srimg008

 ←※このゼラニウムは、4年ほど春夏秋冬咲き続けています。一期一会とは全く違うタイプですね

梅雨?

 梅雨入り宣言後どうしたわけか梅雨明け状態が続き、こんなことだと水不足、不作・・・と気になっていましたが、昨日は珍しく雨の一日でした。これで田んぼも畑も草木も一息つけるかな、とほっとしました。通勤にはうっとうしい雨ですけども・・・。

Sp003←※写真は雨の上高地です。昨年の今頃ですが、上高地の雨はどうも損した気分でした※


 さてその通勤ですが、片道1時間電車に乗って、都心(新宿区ですが地味な街です)の会社へ通っています。何とかつり革の真下に立てるので、往復とも読書タイムです。

 数年前までは、行きは経済新聞、帰りは夕刊紙と本を少し読むというスタイルでしたが、ほとんどを読書に切り替えました。1日2時間ですから、結構読めますね。
 そして2度読んでおすすめできる(★4つ以上)と思った本は、「MAJIME書店」(セブンアンドワイ)へ掲載。
 
 こんな通勤時間の過ごし方でしたが、ブログを始めるあたりから、じっと考えることが多くなりました。いくらブログ(日記)といっても、書き飛ばすのではつまらないし、いい頭の体操だとも思っています。

 それにしても通勤電車の中で、ケータイを見てる人多いですね。10年前には考えられない通勤風景です。ネットとケータイが情報社会を一変させてしまった・・・こんな思いも徐々に綴っていきたいと思います。

「ささやかな」ということば

 005この言葉は、「さりげなく」とならんで私の好きな言葉で、「ささやかにエールを」とか「ささやかな体験から」などと使ってきました。

 何となく響きがいいということもあるのですが、そもそも人間の営みなど実にささやかなものではないかという思いもありますし、また、謙虚な心構えを表現するのにぴったりくるというこだわりもありました。

 そういった理屈っぽいことだけでなく、私の青春の原点の詩人立原道造さんの影響も大きかったですね。
 「ささやかな地異は そのかたみに 灰を降らした」(はじめてのものに)という一節がずっと心に残っています。

 また、さだまさしさんの創った「ささやかな石のまわり」(僕にまかせて下さい)とか、「ささやかな僕の 母の人生」(無縁坂)といった歌詞にもずいぶん影響を受けています。

  そんなこだわりから、「ささやか日記」と名付けました。

 さてさてどんな日記になることやら、自分でもよくわかりませんが、とにかく船を出します。

ブログのスタートにあたって

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 55年ほど割合にMAJIMEに 生きてきたと思っているのですが、自分なりの価値観がやっと整理できてきたのは、50歳を過ぎてのことです。

 その頃から、少し自己表現をしたいと思うようになったものの、ホームページやブログを始めるには、能力も時間的余裕も足りないと考えて、セブンアンドワイ(当時はイーエスブックス)というネット書店のサイトで、「MAJIME書店」をつくり、おすすめの本の書評を書くことからスタートしました。

 少しずつ紹介する本を増やしていき、自分の読書歴なども書き加えて、ほぼ形が出来上がり、これからは随時何冊かを入れ替えればいいというところまで3年かかってたどり着きました。
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 その一方で、いろんな機会に知り合った方のブログやホームページをほぼ毎日のように拝見し、それぞれの日々の様子を身近に感じたり、ブログを書き続け、積み重なるとすごいものだなあと思ったりもしました。

Srimg001 この5月には縁あって、ずっと疎遠にしていた郷里宇和島市の市民大学で講演をするという、考えもしなかったような経験もし、さりげない自己表現のスタイルも、次のステップに向かうほうがいいのかと考えるに至り、ささやかな日々の思いなどをブログに綴ってみることにしました。

慣れない編集作業が始まりますが、MAJIME書店同様お付き合い下さい。

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